2007年06月16日

「ピアス」貫通初体験は3歳

わたしは3歳~6歳までフィリピンのマニラに住んでいました。

外国人は大抵、子供の頃からピアスをしています。

まだ母はピアスを開けていませんでした。

母は痛いのが大嫌いなのです。

それに今とは時代も違います。

日本人が気軽にピアス・・・なんて時代ではございません。

でも、元レナウンCMモデルの母の意地。

ファッションの最先端気取りの上、(でも当時の写真見ると、やっぱりファッションかっこいーんですよ。

流石、モデルさんって感じです。

母のこと、自慢できるのはソコだけっす。)

白人文化に感化されやすい母は

クリスチャンになったのと同様

ピアスをあけることにしたのだそうで。。。。

(ピアスとキリスト教、全然関係ないです.

単純に母は白人に憧れたのでしょう

てか、感化されやすい。

因みにフィリピンもキリスト教です)

ファッションは我慢よ~~~!とp子さんも仰っていましたからね・・。

ピアス開けて、母は「わたしもイケテル、ママを目指して!痛いけど、やるわ!」ってな勢いだったのでしょう。

(あんまり面白いので、いつか、母の若かりし頃の写真のせますよ。
この親にeli?って、
なんかeliって、「薄~~~~い」って思うでしょう。
母はとにかく純日本人に見えないのです。
見た目も言動もですけど・・・。)

ある日、突然わたしは何の事かもわからず、うろ覚えですけど

病院だったか、いや、歯医者だった気がするんですが…

急に背中を押され

「今から耳に注射をするからね。」(勿論、英語です)

そう言われて

わたしも歯医者は大嫌いで苦手でしたが

『注射しなくちゃいけないくらいひどい病気なのか!

耳たぶなら痛くなさそうだから我慢しよう。』

そう覚悟を決めて、ピアスの穴を開けることになったのでした。

わたしは、母に騙されて、治療だと思い込まされた為、注射も嫌いでしたが

(歯医者や注射が好きな子供なんて普通いない)

仕方なく言われるまま先生の指示に従ったのでした。

ブスッ!(痛い!)小さなココロは叫んだ。

声に出してはいけないとぐっと堪えました。

歯医者のドリルのキーンという音がないだけ恐怖感はなかったけれども

痛いもんは痛い!でも我慢!

なんて健気な子供なんでしょう・・・!!!!

母はその後

「痛かった?どうだった?」

いつもは、こんな事聞きもしないのに、妙だとは思ったが

嘘をついて「痛くなかった。」と答えました。

すると、母は、嬉しそうに

「eliが痛くなかったんなら、わたしでも大丈夫そうね。」

そういって親子でピアス初体験@フィリピン。

完全にわたしは実験台だったのです。

大人になって母に、このことを笑いながらcoming outされたeliです。(涙

でもですね、

いくら外国人の子供は皆ピアス開けてるからって、

普通、母親自らピアスをあけてから、痛さやどんなもんか試してから

それから初めて「この子はまだ3歳だけどピアス開けてもいいかしら?」決めるもんなんですけど・・・。

母ならば!

このお話は、もう、30年以上も前の話。

しかも、フィリピン。(フィリピンの子供達もピアスを開けている。)

不衛生極まりないのでありました。

(水なんて沸騰させないとコレラとかになっちゃいます)

今なら普通、金か銀のピアスを使うのですが

確かあの時、タダの針金で耳にブスッと穴を開け、あまった針金をわっかにしただけ!

と言う・・・・・・

プリミティヴなピアス貫通体験。

今でも開いてるんですよ。

マニラの穴

いつも小さな銀のピアスしてますが、それが、そのフィリピン貫通事件!の穴です。

(まだ3歳のわたしとっては、はっきり言って事件っすよ!虐待っすよ!)

因みに大人になってから、右に、もう一つ、左にもう2つ、ピアス開けましたよ。

でも、大人になって空けたピアスの穴は体調悪いと時々痛くなります。

付けっぱなしにすると痛いんです。

30年以上開いてる方は、もう、さすがでございます。

体調悪くても炎症起こしません。

別に母を恨んじゃいません。

でも、「痛いかどうか試しにeliで実験台した。」って

大人になった私に軽~く笑いながら言わないで欲しいっす。

そういう事は言わずに墓まで持ってけ!

そう思ったのでした。

と言うような、、、、お話は、ネタとして、いっぱいありますけどね・・・。

西原理恵子さんの「パーマネント野ばら」を読んで

母を思い出したので、こういう日記になったのでした。

因みに母も美容師です。

ふと、思いだした。

あんまり思い出したくないけど思い出した(苦笑


eli


投稿者:eli  09:42 【】

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