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eliお母さんと生き物との出会い。犬編(その一。)「フィフィ」

eliお母さんは色んな生き物と接してきたそうでしゅ。

そのお話をしましゅね。
まずは、犬との出会い。
フィリピンに住んでた頃も、(3歳から6歳まで)プードルちゃんを飼ってたそうでしゅ。
名前はフィフィちゃん
意味は、eliお母さんのうろ覚えでしゅが、あわてん坊とか、おっちょこちょい。
決して、Love is over♪の欧陽菲菲(オーヤンフィフィ)さんではありましぇん。

フィフィと言う名は、もともと、フィリピンにいた頃のeliお母さん母親のあだ名だったそうでしゅが、何語か、さっぱりわからないそうでしゅ。
何処の国の人が付けたのか、よく判らないそうでしゅ。

タガラグ語か、当時の英語のスラングなのか?
誰か知ってる人いましぇんかね?

そのあだ名をプードルちゃんに付けたそうでしゅ。
フィフィちゃんは、eliお母さんの両親が離婚した為、帰国してeliお母さんの母親が育てられないと言う理由で知らない人にもらわれたそうでしゅ。
まだ、幼かったので、どうしてフィフィと一緒に住めないのか判りませんでちた。
ただ、哀しかったそうでしゅ。

その後、直ぐ、理由がわかりまちた。
eliお母さんの母親はまだ6歳のeliお母さんですら育てきれないと言う理由でeliお母さんは里親探しセンターの手に委ねられまちた。
eliお母さんは、「それじゃ、フィフィも、一緒に住めないのも当然だな。」と思ったそうでしゅ。
自分だって捨てられちゃうんだもんな。躁思ったんだそうでしゅ。

「これからはママって呼んじゃダメよ。おばさんって呼びなさい。新しいパパとママがあなたを子供として育てるから。」

eliお母さんはそれを納得せざるを得なかったそうでしゅ。
子供は一人では生きていけないからでしゅ。
それでも、まだeliお母さんは子供のココロを捨てきれずにいたんでしょうね。

「時々は会えるよね?その時2人きりだったらママって呼んでいい?」と母親に言ったそうでしゅ。
今、我が子を捨てようとしてる母親に、それでも未だ、母親でいて欲しいと思う子供のこころ。
わたち達、ペットも、(今ではコンパニオンアニマルと呼ぶ方が適切だと思いましゅが、)同じ気持ちです。
よく、わかりましゅ。
それを見かねてeliお母さんの母親に助言した人がいまちた。
教会の神父さんでちた。
「自分の子供を捨てるような事をしてはいけない。必ず、後悔しますよ。」
eliお母さんの母親は、創世記と新約聖書が違う事すら知らなかったクリスチャンだったそうでしゅが、
神父さんに言われると弱いのだそうで、
eliお母さんは、おじいちゃんとおばあちゃん、つまり母方の実家に預けられることになりまちた。

その後は大家族会議、朝まで生討論会になったそうでしゅ。
何故なら、長男の叔父の家族も一緒に住むからでしゅ。
eliお母さんの自殺願望はその時に根付いたものでしゅ。

「自分がいなければ争いごとも無いし、自分がいることで皆に迷惑をかけてしまう。
邪魔な存在なんだ。
わたしさえ、いなければ生まれてこなければ誰も喧嘩しないで平和なんだ。」
そう思ったのだそうでしゅ。
だから、今でも死んでしまいたい。と零す時がありましゅ。

その度にeliお母さんは、わたちに向かってこう言いましゅ。
「わたしが死んだら、ジャズがひとりぼっちになっちゃうね。
お母さん失格だね。
責任があるんだもんね。
『星の王子様』のきつねくんの言う事、肝に銘じなきゃ。
ジャズが死ぬまでは死なないよ。」

フィフィちゃんとの出会いと別れは、あっという間でしゅが、
幼かったeliお母さんは自分の存在理由と重なって、
今も尚、その痛みを引きずっているようでしゅ。

eliお母さんは幼い頃から、絵を描くこと、想像の世界に耽ること、音楽、唄う事で、自分の世界を創ってしまうようでしゅ。
だから、自殺願望が強いのでしゅが、それらの事が、eliお母さんを、生き延びさせてるようでしゅ。
自己治癒能力なのか、本能がそうさせるのか、不思議なことに、辛い時、何故か色んな物が湧いてきて、何かを創り出してしまうそうでしゅ。

音楽はそのひとつだそうしゅ。

わたちは、eliお母さんが既に精神病になってから、2ヶ月の時に飼われたのでしゅ。
eliお母さんはもう動物を飼うのは止めようとと思ってたそうでしゅが、
(その理由はとても因果なものでしゅ。わたちにとっても。又後日話ましゅね。)
わたちを見て、自分の幼い頃を思い出し、ちゃんと責任持って育てようと決断したそうでしゅ。

「フィフィやわたしのような思いはさせない。」

重度の精神病障がい者のeliお母さん、何度も自分の狂気に翻弄されても、決してわたちに、それをぶつけましぇんでちた。
いつも、自分に向かいまちた。
eliお母さんの手首の傷がそれを物語っていましゅ。
Jasmine j jazz

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2007年07月30日 22:12に投稿されたエントリーのページです。

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